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大阪地方裁判所 昭和46年(手ワ)1286号 判決 1972年9月18日

原告 岡田実こと金達玉

右訴訟代理人弁護士 村岡素行

被告 村上福寿こと金福寿

主文

被告は原告に対し、金八五万円およびこれに対する昭和四四年五月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  被告は、本件手形は振出人の記名のみあって捺印を欠く不完全手形であると主張するので、先ずこの点について判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、本件手形の振出欄には、別紙手形写(表面)のとおり、何れも漢字の横書で、振出地・住所として「大阪市生野区巽四条町三三四」、振出人として「村上製作所」行をかえて「村上福寿」と計三行にわたり何れもゴム印の押捺によると思われる記載があり、右三行にわたって記名部分の中央やや左寄りに「村上製作所之印」と刻まれた二センチメートル四方の角型の印影が顕出されているほか、手形の左下方には、振出の際の控との契印と思われる右角型の印影の右端が一部存する。一方、手形の右下方に貼布された五枚の収入印紙の相接する部分に、三個所にわたって「村上福寿」と刻まれた直径約一・五センチメートルの丸型の印影が顕出されている。本件手形の表面には、以上のほかには振出人を表象すると思料される印影は見当らない。

2  右に掲記した本件手形の振出人欄の記載および印影のありようからすれば、手形要件としての振出人の記名捺印に欠くるところはないというべきである。けだし、手形法にいう「記名捺印」の捺印は、記名との間に格別の意味的関連を要せず、手形行為に当って自己の印として用いられたことをもって足ると解すべきところ、本件手形の振出人欄の記名の態様からみて、「村上製作所」なる名称は振出人の屋号であると認められ、これを表象する「村上製作所之印」なる角型の印影が、前述のとおり、記名部分のほぼ中央に顕出されており、右印影は振出に当り振出人の印として押捺されたものであることが明らかに認められるからである(なお、手形の左下部に僅かに見えている角型の印影の右端をもって、そもそも押印ありということができないのはいうまでもないし、右下方に貼布されている収入印紙の相接する部分に三個所にわたって顕出されている前記丸型の印影――特にその左端のもの――も、記名部分の右端との間に二センチメートル以上の距離があり、記名部分より上部に位置している点などを勘案すると、これらの印影はあくまでも収入印紙の消印のためのものと考えられ、本来振出人の記名と一体をなすべき捺印に当るとみることはできない。この点に関する原告代理人の主張は採用できない)。

3  ところで、商号等を表象する印章(角型であることが多いので、以下商号角印とよぶ)と個人名を表象する印章(以下個人印という)とでは、手形取引上の通念としてその重要度に大きな違いがあり、個人印の押捺がない限り未だ振出人の記名捺印は完成したものとは認められないとする見方もあり得るが(大阪地方裁判所昭和四〇年七月一四日判決。判例時報四四二号五三頁参照。)、元来、手形法上は捺印とだけあって印章の種類まで限定してはいないのであるし、手形取引の実際上も、一般的に商号角印と個人印とを比較すると、個人印の方が商号角印よりもより慎重に取り扱われる傾向のあることは否定できないにしても、たかだかそういう傾向があるというにとどまり、個人印の押捺されない限りその手形を無効とみる商慣習ないし慣行が存在するとは認め難い。(振出人が会社等の法人であるか、それとも個人商店ないし個人企業であるか、その商号角印が取引銀行に届け出たものであるかどうか、などの点も商号角印と個人印の取扱いについて少なからぬ影響を及ぼすものと考えられ、前記見解のようににわかに断定することはできない)。

4  唯、本件の場合、商号角印が記名の右横ではなく、記名のほぼ中央に押捺されている点が問題となり得るが、もともと捺印の位置について格別の制限はなく、要は記名とあいまって振出人の振出の意思が手形面上客観的に認識できる位置に押捺されていればよいのであるから、本件の場合右要件に欠けるところはない。

以上のところから、本件手形の振出人の記名捺印は、その方式に何ら欠けるところはないというべきである。

二  被告は本件手形の振出を争うが、≪証拠省略≫によれば、本件手形の振出人欄に押捺されている「村上製作所村上福寿」なる記名印と商号角印および収入印紙の上に三個所にわたって押捺されている個人印は、何れも被告が当座取引のため取引銀行に届出たものと一致することが認められ、他方、≪証拠省略≫によれば、原告は被告の夫である訴外高海祥から本件手形の交付を受けたことが認められ、以上の事実をあわせ考えれば、被告が本件手形の振出人として記名捺印したことを推認することができ(る。)≪証拠判断省略≫そして、被告がその夫を通じて本件手形を原告に交付したことは先に認定したとおりであるから、被告が本件手形を振り出したこと明らかである。

三  ≪証拠省略≫をあわせ考えれば、原告が本件手形の交付を受けたとき白地であった振出日欄と受取人欄をそれぞれ補充のうえ、支払期日に支払場所で支払のため呈示したが支払を拒絶されて現にこれを所持していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  よって、右手形金元本金八五万円とこれに対する満期の日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大東一雄)

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